「二百年の子供」(大江健三郎)①

私たちは「過去」から繋がっている「現在」を生きている

「二百年の子供」(大江健三郎)中公文庫

根元の洞に入り、
見たいもの、
会いたい人を願って眠ると、
時空を越えてそれが叶うという
「千年スダジイ」と呼ばれる木。
真木・あかり・朔の
きょうだい「三人組」は、
そのタイムマシンを使って、
120年前の村に
行きたいと願う…。

一言でいうなら、
タイムトラベルロマンです。
タイムマシンの登場する
SFファンタジーなら星の数ほど
あるのではないでしょうか。
しかし、本作品には
心ときめく冒険もなければ
身を躍らせるスリルもありません。
では、何をもって
タイムトラベルロマンといえるのか?

時をかける「三人組」は、
障害と絶対音感を持つ長男・真木、
機転が利き、行動力のある弟・朔、
そして兄と弟を温かく見つめ、
自分よりも優れていると
感じている長女・あかりの
三人きょうだいです。
父母の長期不在の間に、
四国の山間にある叔母の住む村に
身を寄せているのです。
「三人組」は、120年前の村を訪れ、
その時代の村の歴史に
大きく関わった若者・メイスケとの
邂逅を果たします。

危機に瀕したメイスケを
助けることのできなかった「三人組」。
自分たちの無力に打ちひしがれた朔は、
過去にさかのぼったことを
「むいみ」と感じます。
何も状況が変化しないのは
タイムトラベルものの常識とはいえ、
過去の人間にも「三人組」にも
何も得るものがなかったのですから、
朔の感じた思いは
読み手である私たちも
当然感じてしまうべきものです。

しかし「三人組」は、
自分たちが生きている「現在」を、
自分たちの見てきた「過去」に
照らし合わせ、そこから「意味」を
見つけ出そうとしていくのです。

私たちは
「過去」から繋がっている「現在」を
生きているのだと実感させられます。
過去は知らないことばかりでも、
それが「現在」の
土台を創っているのです。
両親の元を離れ、
それだけでも不安が大きい中で、
知的障害の長男を含めた「三人組」が、
歴史を見つめ、
この国の社会のあり方を見つめ、
両親の、特に鬱病を抱えた父親を見つめ、
そして自分たちを
見つめ直していくのです。

冒険やスリルはそこにないけれども、
読み手に強く「過去」
もしくは「時間」を意識させる。
これこそまさに
タイムトラベルロマンといえます。

作者が大江健三郎ですから、
すんなりとその面白さが
理解できるわけではありません。
しかし私は本作品を
中学校3年生に薦めたいと思うのです。
大江健三郎も夏目漱石と同様に、
私たちの国を代表する
文学者であると考えます。
若い段階で
その面白さの一端に触れる価値は
十分にあると思います。

(2018.10.8)

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